はじめまして、佳奈と申します。趣味で小説を書いているので、よろしければどうぞ。

生類憐みの令

貞享四年(一六八七)の秋、本因坊道策と桑原道節の二人はある武家屋敷に向かっていた。
「それにしても牧野様は碁が相当お好きでございますね。つい一月前にもお召しがありましたが」
「ああ、だがよいことではないか。碁が好きな人がもっと増えてくれれば」
二人がそんな話をしていると通りの向こうから
「下がられい!」という声がした。
「どなたの行列でございましょう」
二人が通りの向こうを見ると、女物の駕籠とその後ろに盤台が続いていた。
盤台の上には犬が座っていた。
「どうやら幕府の重臣の奥方か娘か。それと飼われている犬であろう」
「それにしても犬までが行列で通るとはえらい御時世になったものでございますね」
「そうだな」
道策は苦笑しながら歩きだした。
この年、五代将軍徳川綱吉は生類憐みの令を発布した。
自分が戌年であることから、とくに犬を大事に扱うように命じた。
二人は屋敷の前に来た。
「今日の碁は心得ているな」
道策が言った。
「はい」
返事に道策は頷き門をくぐっていった。
「ようこそお出でくださいました」
二人を出迎えたのはこの屋敷の主、牧野備後守成貞である。
牧野成貞はまだ綱吉が将軍になる前から、ずっと綱吉の御側役をつとめてきた。
綱吉が将軍になるにあたって側用人に登用され、政治を動かす立場についた。
「牧野様が直々にお出迎えとは恐れ入ります」
道策は頭を下げた。
「いえいえ、こちらは教わる身、それに碁の前では身分などは関係ございません」
道策はまた頭を下げた。
「さあ、どうぞこちらに」
三人は歩を進めた。
成貞が二人を案内していると、
「なぜ犬ころなどに!」と怒鳴って入ってくる者があった。
商人の吉兵衛だった。
「どうしたのだ」
成貞が訊くと
「あっ、牧野様、本因坊様。いえね、先ほどえらそうに犬の行列が通ったもので」
成貞はいまいましい表情をして吉兵衛から顔をそむけた。
綱吉ははじめ成貞の意見を容れていたが、幕府の財政が苦しくなり、年貢加重などを余儀なくされると、理を直言する成貞がけむたくなってくる。
そこで綱吉は成貞と並んで御側役をつとめてきた柳沢吉保を重用するようになってきた。生類憐みの令に関して、成貞は吉保と真っ向から対立し退けられた。
成貞は寂しそうな表情をした。
綱吉が幼いころから仕えていろいろ教えたものだった。
それが最近は相いれなくなっている。
これはすべて柳沢吉保のせいだとも思っている。
「牧野さま」
道策は成貞に声をかけた。
「はじめましょうか」
成貞には道策の表情が快かった。

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